世界の特撮ヒーロージャーナル

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特撮ヒーローとは何か:スーパーヒーローの誕生

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1938年にジェリー・シーゲル原作およびジョー・シャスター作画により、雑誌に『スーパーマン』というコミックが発表された。 Peter Cooganの著書"Superhero: The Secret Origin of a Genre"によれば、この『スーパーマン』がスーパーヒーローという新しいヒーロー像を確立したといわれる。Cooganの定義するスーパーヒーローとは、(1)アイデンティティを示す本名とは別の呼び名をもち、(2)同じく日常とは違う特徴的な身なりをし、(3)スーパーパワー(常人がもたない能力)を発揮して、(4)世のため人のためになる無私の使命を果たす者である。スーパーマンの場合、新聞記者クラーク・ケントが、サーカスの怪力男のような服装に着替えてマントを身にまとい、超高速で空を飛び、目から熱線を放射し、吐息で物体を凍結させ、怪力を使い、正義と真実を守るため日夜戦い続ける。  

スーパーヒーローの4つの特徴のうち第4のものが欠けていれば、スーパーヒーローかどうか論じるまでもなくそもそもヒーローとしての資格がないといえる。だとすれば、スーパーヒーローがそれ以前のヒーローと違うのは第1から第3の特徴のいずれかにおいてであろう。  

まず、スーパーパワーについて。スーパーマンがスーパーパワーをもつという設定については、1930年に出版されたフィリップ・ワイリーのSF小説『闘士』(Gladiator) が元ネタだという説がある。しかし、『闘士』の主人公ヒューゴー・ダナーは怪力その他の超人的な身体能力と頑強な肉体をもっているが、この能力を発揮して社会に貢献することはなく、ヒューゴーにとっても社会にとっても悲劇的な展開になってしまう。『スーパーマン』の原作者シーゲルはスーパーマンを多くの人に愛されるヒーローとして創造しているのだから、『スーパーマン』と『闘士』とを結びつけることには無理があると思われる。むしろ、シーゲル本人が語ったように、1933年から劇場公開された短編アニメシリーズ『ポパイ』(Popeye)から直接的な影響を受けているといえよう。ポパイは缶詰のホウレンソウを食べると超人的なパワーを発揮して悪漢ブルートをやっつけるのだ。  

それでは、スーパーマンのようなスーパーヒーローがそれ以前のヒーローと違うのはスーパーパワーをもっていることだろうか。スーパーマンより古いヒーローのなかには怪力その他の驚異的な身体能力をもったヒーローがいる。たとえば、ギリシャ神話の英雄ヘーラクレースは川の流れを変え、『旧約聖書』の英雄サムソンは2本の柱をいっぺんに引っ張って建物を倒壊させ、1902年から1903年にかけて新聞に掲載された漫画『ヒューゴーハーキュリーズ』(Hugo Hercules)の主人公ヒューゴーは象を軽々と持ち上げた。1914年に出版された小説『類猿人ターザン』の主人公ターザンと1933年に雑誌に掲載された小説『ブロンズの男』の主人公ドック・サヴェジも驚異的な身体能力の持ち主だ。

このように、スーパーマン誕生以前のヒーローもスーパーパワーをもっていた。しかし、ターザンが類人猿と会話ができたという特殊な例を除き、これらのヒーローのスーパーパワーというのは人間の持っている能力を誇張したものだ。これに対して、スーパーマンは超高速で空を飛び、目から熱線を放射し、吐息で物体を凍結させるという、普通の人間では絶対ありえない能力をもっている点がそれ以前のヒーローとは違う。  

それでは、スーパーマンのようなスーパーヒーローがそれ以前のヒーローと違うのは(1)本名とは別の呼び名をもち、(2)日常とは違う特徴的な身なりをするところだろうか。シーゲルとシャスターが好きだった1920年公開の映画『奇傑ゾロ』(The Mark of Zorro)のゾロもドン・ディエゴ・ヴェガが普段とは違う服に着替えてマントをつけ覆面をしたヒーローだ。だから、この2つの特徴もスーパーヒーローとそれ以前のヒーローとを区別するものにはならない。ただし、ゾロの場合覆面を除けば日常の服装とあまり違いがないので、変身というより変装というレベルだ。これに対して、スーパーマンのコスチュームは日常生活ではだれもしないような恰好だ。この点がスーパーマンの新しいところだといえる。  

ここまでの議論をまとめると、スーパーヒーローの4つの特徴、(1)本名とは別の呼び名をもち、(2)日常とは違う特徴的な身なりをし、(3)スーパーパワーを発揮して、(4)世のため人のためになる無私の使命を果たす、これらのうちのいくつかをもったヒーローはスーパーマンより前に存在した。ところが、4つの特徴をすべて兼ね備えたヒーローはスーパーマンより前には存在しない。ヘーラクレース、サムソン、ヒューゴーハーキュリーズ、ポパイには別名はなく変身もしない。ターザンとドック・サヴェジは変身しない。ゾロにはスーパーパワーがない。やはり、スーパーマンはそれ以前のヒーローとは違うスーパーヒーローだ。そして、特撮ヒーローの大半は単なるヒーローではなくスーパーヒーローだと考えられる。  

ただ、先のスーパーヒーローの定義を厳格に適用すると、今日大半の人々からスーパーヒーローや特撮ヒーローだと認められているヒーローがそうではないということになってしまう。例えば、バットマンは本名とは別の呼び名をもち、日常とは違う特徴的な身なりをし、世のため人のためになる無私の使命を果たすヒーローであることは明白だが、スーパーパワーを発揮しているかという点で異論が出るかもしれない。しかし、バットマンの使っている装備や機械は誰もが簡単に使いこなせるというものではない。だから、ここでいう「スーパーパワーを発揮」というのは普通の人間には容易にはできない行動をとるというくらいの意味で使いたい。